2016/04/18

仕組まれた偶然

前回は運命についてのややこしい考えを書きましたが、いかがでしたか。
頭がこんがらがったでしょうか。

今回はその続きです。

ところでなぜ「運命」の話を持ち出したかといいますと、先日「コレは何か(大きな存在など)に仕組まれたな」と思う出来事があったからなのです。

それは、こんな出来事でした。

年に何回か情報交換的に会う知人Aと、また会うことになりました。そうはいっても知人は多忙のため、実際の会合は10日くらい先の日に決定しました。
それからしばらくして、知人Aとの会合の数日前、それとは別の知人B(知人AとBはお互い全く関係がなく面識なし)と、たまにはゆっくり話そうかという話になり、知人Bの都合に合わせて、たまたま知人Aと会う日の次の日に会うことに決定しました。
このとき、知人Bに知人Aの話などは全くしていません。だって、お互いは知人でもなんでもないんですから。

知人Aとの会合の日、いつものごとく楽しい時間はあっという間に過ぎ、別れ際、知人Aが自分の仕事で今人材を募集していて、誰か良い人いませんか、と聞いてきました。
自慢じゃないですが知人が少ない方なので(笑)、即答で「いや〜・・・いないね。ごめん。」と返しました。社交辞令的に「ま、誰か見つかったら連絡するよ。期待しないでね〜」言っておきましたが、全く当てはありませんでした。
そして、次の日。知人Bとの会合です。知人Bは、今の仕事を辞めようかと思っているものの、次の仕事が見つからないのに辞めてよいものかどうか、と悩んでいると話していました。私としては無責任にも、仕事の区切りがいいなら今辞めたら〜?なんて言っていましたが、知人Aの話とは全く結びつかず、ただ「大変だな〜」などと知人Bの話を聞いていました。
知人Bの話がひとしきり終って、じゃそろそろ帰ろうかという雰囲気になったとき、まるで誰かに肩をトントンと叩かれて「ほら、あなたアレ忘れてませんか?」とせっつかれたような気がしたんです。で、ハッと急に、「知人Aの仕事のことを知人Bに言わなくては!」と気づきました。知人AとBは全く面識も何もなかったので、知人Aの話をしたところで、知人Bがどう思うのかなぁとも思いましたが、話してみたところ、知人Bのエネルギーが急に変化した感じがしました。そして、その日のうちに知人Bと知人Aは連絡を取り合い、その週のうちに知人Bは知人Aのところで働くことに決定したのです。

話がややこしいですが、伝わりましたでしょうか。この仕組まれた感。
知人どうしはまったく個別の私の知り合いでしたが、お互いがお互いのその日の話のメインテーマを知っていて予定を入れてきたかのような偶然の重なり。
これはもはや偶然ではなく、段取りどおりに流れた一つの例、と考えた方が納得できます。
こういうことって身近に結構ありませんか。「すごい偶然だね〜」なんて済ませてしまいがちですが、偶然というには虫がよすぎるような気さえします。

ここでのもうひとつのキーポイントに「私が知人Aと知人Bの繋がりに気づけたか」というのもあります。
これがミクロの世界の選択(※前回コラムでのお話)で、私が気づけなければ知人Aと知人Bは繋がらず、知人Aは別の人を雇い、知人Bは今の仕事を続けて、知人Aとは関係ない次の仕事が見つかってから辞めたのかもしれません。
ただ、もっと踏み込むなら、知人AとBの「つなぎ役」に私が ”選ばれた” のかもしれず、私が「気づかない」ということはなかったのかもしれなくて、ある種決まった台本のとおりに進まされた感覚があり、とっても不思議でした。約束されていたやるべきことをやった、という感覚がありました。
ちなみに、ここに至るずっと前からある知人Aと私の関係の歴史、知人Bと私の関係の歴史というのも、今回のつなぎの前提として大いに関係していたりして、今回の会合をひとつのゴール的出来事だとすると、まるで今回の会合よりずーっと以前からこのゴールへ向かって話が紡がれていたのかもしれないとも感じられるのです。

そうなってくると、選択肢はあるようでないような、ないと思っているけどあるのかもしれない、という、またまた頭がぐっちゃんぐちゃんになりそうな世界に入り込んでしまうわけです。

こうした仕組まれた偶然を理解するには、「時間」についても少し考察する必要があるのかもしれません。
これもまたややこしいですが、おつきあいいただけるとうれしいです。
続きはまた次回。